やるのは自分!主体性をもって、発展を!

日々感じたことを、皆との違いを恐れず記録します。そして希望を見つけます!

内部告発は防げない!

 今、社会では、「森友学園への国有地売却に関する決済文書を財務省が書き換えた問題」が大きく取上げられているけど、おそらく端緒は、内部告発ではないだろうか?
 以前、勤務していた職場では、同業者で、内部告発により刑事事件になり逮捕者まで出す騒ぎになったことから、とにかく、法令順守と、人間関係の円滑化に腐心していた。
 実際、仕事をしていると、法令類が今の社会情勢に追いついておらず、結果として、触れるケースが発生することもあり、実際、遭遇した時は、有耶無耶にしようとした。
 しかし、経営者はそれを許さず、即、役所とメディアに情報提供し、結果として、メディアには取り上げられず、役所からは、顛末書と、いくらかのペナルティーだけで済んだ。個人的には、社会常識的には、制度が追い付いておらず仕方無いと思える。担当者は気の毒で、心労により数週間休まざるを得なかったようだ。
 
 だけど、結果的には、大事にならずに済んだので、よかったと思っているし、隠しとおすというか、嘘をつきとおすというか、そんな将来への負の要素が全く無くなったわけだから、これまた良かったと思っている。

 こう内部告発がよくある世の中になると、キチンキチンと仕事をしていくしかなんだけれども、物理的にどうしても無理という理不尽なことも多すぎ、綱渡り状態の仕事が多いような気がする。

 すべては、不寛容が原因なんだろうなとふと思う。

 森友問題だって、上司が厳し過ぎたのが、本当の大きな原因なんだと思う。
 そして、今、その報いを上司が受けている。

 これは、当然だと思う。


 

職場からの離任

 今の職場から離任した。
 僕の同僚は、皆、女性だった。
 僕の発言に、よく耳を傾けてくれた。そして、意見してくれた。
 できる限りの「思いの丈」を言い合い、ほとんどは、僕が妥協した。
 でも、良かったと思う。人それぞれの意見の違いを認め合いつつ、物事を進めることが出来たからだ。
 
 そんな彼女達に、甘えてばかりいる自分を自覚したとき、「早く去れねばならない」ことが分かった。
 互いのためには、ならないからだ。

 雇用条件からいって、僕が去るしかないことは、明らかだった。

 そして、お別れの日を迎えた。

 やっぱり、無視することなく、言いたいことを言い合えたからこそ、信頼感が出てきたのだと思う。

 涙をこらえるために、「悪い思い出、苦い思い出」を探すのに精一杯だった。

 こんなとき、素直に感情を出して、ワンワン、エンエン涙を流して泣ける人が羨ましかった。

 僕の勇気の無さが、こんなところに現れる。
 もう、二度と彼女らと仕事ができないのだと思うと、涙が出ます。

 ウイスキーを飲みながら独りで感慨にふけっています。


 貴重で、大きな経験をありがとうございます。
 生涯、忘れえぬ思い出になると思います!

  

職場を去るにあたっての「お別れのハンカチ選び」

 3月末で職場を離れることになった。
 週休日は、とてもお世話になった女性職員への別れの贈り物として、ハンカチを買いに仙台三越に行った。
 女性向きのハンカチというものがよく分からないから、店員さんにアドバイスをもらいながら求めた。
 
 すてきな絵柄しかなく、迷いに迷った。
 ”あの人には、これがいい”、”この人には、あれがいい”とか選んで行ったら、感情が高ぶりながらも、ふと思った。
 「はて?僕らしさってなんだろう!」と。
 「僕が決めつけて押し付けるのもどうだろうか」と。

 そして、「気に入ってくれなかったら、残念だなあ~」とも。

 結局は、僕が気に入ったハンカチを贈ることにしました。
 贈られた方が、気に入ってくれなくても、それはそれで仕方がないと。
 もちろん、奇をてらったようなものではない。

 やっぱり、僕の性格というか、好みを表現したいと思いました。

 独りよがりかもしれないけど、僕をチョットだけでも、思い返してもらえれば良いかなと。

 これがベストの選択だと信じているし、これが僕だ。
 「いい趣味している」と思っていただけると嬉しいな。


  
 

東北大の旧農学部敷地の桜並木が伐採されて悲しい

 前にも書いたと思いますが、商業施設建設のため、東北大学の旧農学部の県道沿い桜並木が伐採されて無くなってしまっている。
 月に1度、通るか通らないだけど、春のささやかな愉しみだった。

 なんで、世論が騒がないのか不思議だった。
 街路樹の欅の伐採ではすごく騒ぐのに。

 「市民団体なんて存在は、インチキだな!」なんて感じてしまいます。

 なんか、空しい。

 

次の職場を斡旋され、意気消沈

 今の職場については、仕事の内容や待遇にそんなに不満はなかったものの、手順の不備や、特異な客しか残らない状態になってしまい、この仕事は、この辺で辞めることにした。
 それで、次の職場のお願いしていた。お金については、贅沢したい時期はとうに過ぎ、恐らく年金もそれなりに納めていたからなんとかなるだろうということで、とにかく残業が少なく、自分の時間が取れるところという、なんとも傲慢というか身勝手な要望を出していた。

 そしたら、以前の勤務していた事業所の別の部署を斡旋されて驚いた。
 そこは、勤務時間がブラックで、超過勤務もカット状態。そして、数年前(4年前?)には、パワハラで、自殺者まで出ている。
 一応、労働内容は、改善されたかもしれないが、勘弁してくれ!って心の中で叫んでしまった。
 そこの系列は、いつも、一時的には、改善するけど、すぐに元どおりになってしまう。
 そして、決まって、独身の30代、40代の男性しか集めていない。

 とにかく、職場環境が嫌なのだ。現役の職員のツイッターでのつぶやきも、悲鳴のようだ。

 結局は、子どもがいる家族持ちは配慮するけど、独身者や子無家族持ちは、使い捨てにするよってことだな。
 世間一般、こんなもんだけど、なんかやりきれない。

 だからといって、拒否する勇気は無い。僕の人生、長かったらどうしよう? お金に困ってしまう。

 「ふざけるな!」という言葉が、頭の中で繰り返し叫ばれている。

倫理ついての「巨匠」と「最後のアイドル」の取り上げられ方の違い

 片や愛人、もう一方は不倫。
 どちらも倫理については、よろしくない。

 だけど、叩かれるのは、「最後のアイドル」の方のみ。
 社会的規範なんていうのは、実は”あるようでない”と感じてしまう。
 要は、芸能メディアは、怖くない弱い方を叩くべく、群がって利益を上げているだけだと思う。
 強い方には、群がるけれども、丁寧に機嫌を窺いながら扱う。
 結局、世の中、そんなもんだと思うけど、

 根は、婚姻制度と家族制度にあると思う。

 時代とともに変えていく必要があるのに、変えられないといった感じ。

 いっそのこと、倫理感、道徳感が崩壊してしまった方が、構築しやすのではないかと思ってしまう。

 そういう意味では、芸能人に方々には、頑張ってほしい。

会議で発言を求められ戸惑う(自分への戒め)

 今日、重要な会議があった。
 予め、発言を求められる可能性があったから、勉強していた。が、しかし、だ。

 「ここは、当たり前のことだから聞かれないだろう」と思い、特に発言案を持たなかったところがあった。

 そしたら、思いっきり直撃してしまった。
 それも、相手は、僕に発言の機会を与え、アピールする場面を作ってあげようとの親切心というか、配慮だったようなのだ。

 質問の内容は簡単だし、答えも「簡単」な筈なのだ。

 ところが、頭では分っているのだけれども、「説明できる文章」が出てこない。焦りが焦りを生む状況で、皆からの冷笑ものだった。

 とっさに、説明や、理解を得られる話ができるというのは、一種の訓練だと思っている。
 常に電話で、いろいろな客とお話ししている人は、否応なく鍛えられていると思う。

 僕は、残念ながら、今の職場では、あまり電話には出ないし、かけもしない。
 以前よりもするようにはなっているけど、必要性が乏しいからだ。

 だからこと、できることなら網羅した回答案とか発言案を前もって用意しておく必要があったのだが、その箇所は、油断した。

 しかし、今日は、本来、発言者は違う職員の筈だった。それが、急に、僕に花を持たせようとして、結局は、悪い方にでてしまった。

 本当に期待に応えらられなくで申し訳なかったと思う。
 すごく、簡単なことを油断しからこそ、すごく悔しく、精神的に、情けない気持ちでいっぱいになっている。

 なんか、前にも、似たようなことがあった気がする。
 二度と繰り返してはいけない。絶対に。