やるのは自分!荒々しくグチつつ、発展を!

日々感じたことをグチりつつ自戒します。そして希望を見つけます!

新しい職場にて、会計事務を担当?

 4月から、勤め先が変わり、会計事務らしきものを担当することになった。

 以下、結構「脚色」がありますが、大筋では、あってます。

  僕は、簿記の知識なんて無いに等しいから、全然駄目と思いきや、まぁ、役所相手の会計だから、単純なようで、滅茶苦茶。仕訳のルールがあって無い様なもの。
 だから、僕に「やってね」と仕事が割り当てられた。

 やって見てビックリ! 
 前任者が、デタラメし放題で、実際の会計と「億」の位でズレている。

 最初は、分からなかった。僕の知識が無さから、ズレているものと思って、調べるのに凄く、時間を要した。
 やっぱり、僕は正しかった!
 大抵は、今の時期は、1千万円程度ズレているのは、やむを得なく、2週間くらいかけて帳簿を整理して合わせるのは、通常の手順だ。

 前任者は、会計状況の収拾がつかなくなって、虚偽の数字を記載していた。そして虚偽の報告をしていた。
 その虚偽の金額が、大きすぎる。
 あまりにも大き過ぎて、周りは信じてしまったらしい・・・。

 しかし、人事担当は気づいていたような気配がある。
 だから、僕を採用し、調べ上げさせたのだろう。

 さっそく、役所に報告すると、「期限までは、1か月以上ある。現ナマは動いておらず、むしろ、実際の残高が多すぎる状態だ(これが、億)。量はあるけれど、帳簿を整理すればいいだけでしょう?」と。

 確かに、一覧(リスト)をチェックすると、不正な使途のお金の使われ方はしていない。

 そんな分けで、返還するお金を仕分けるという、アホくさくて、分量が多くて、期限が短い仕事を、悲鳴を上げながら長時間の超過勤務を強いられながら行っている。

 前任者は、ことの問題を全く理解しておらず、普通に生活をしていると思うと許せない。

 前任者に対する周りの同僚からの評判は、悪いが、それなりに上手く振る舞っていたようだ。
 
 なんでこのような人物が降格もされずに、職場にいられるのが不思議でならない。 

 

第81回 河北美術展を鑑賞した

 仙台市の藤崎百貨店で開催されている河北美術展を鑑賞してきた。
 よく覚えていないが、この時期、恐らく20年くらい継続して鑑賞しており、僕にとっては、恒例になっている。

 鑑賞が終わった後は、気分の良く疲れる。
 各作品の上手い下手はよく分からない。ただ、何気なく、ぼんやりと鑑賞していてもそれとなく、その絵のパワーを浴びせられる。

 そして、僕の絵の好みが何となく見えてくる。
 概ね写実的で、ちょっと明るい内容の絵が好きだ。
 色調は明るくても、内容が暗い絵は、気分が沈む。
 作者は、鑑賞者の気持ちなどどうでもよく、とにかく”気持ちを表現したいんだろうなと”、そんなことを思いながら鑑賞した。

 本当に分からないのは、受賞、入選の基準だ。
 基準は、審査する人の好みとしか思えない、そんな感じがした。

 以前、見たような、絵がまた入選していたりと、いっそのこと、鑑賞者が投票して選んでみるのも面白いと思った。

 残念ながら、もし「欲しい絵がある?」と聞かれたら、多くて、2枚程度かな。

歓送迎会にて、若者から説かれる

 4月下旬に、歓送迎会が行われた。
 僕は、去るものだから、当然、主役的な感じ。

 4月下旬だったものだから、現在の仕事の近況報告をしたら、その内容が、ブラック的長時間勤務で、かつ学閥や採用時のクラス分けもあり、昇進の見込みがほとんどないことなどから、やりがいが無いようなことを、ついボヤいてしまったら、若い者から、「何のために仕事をしているの」、「もう50歳代でしょう?自分の人生を生きなくていいの?」なんて、説かれてしまった。

 すごく納得しつつも、やっぱり仕事を失う怖さはあるし、どうしようもない。
 だた、前の職場は、女性が凄く活躍している職場だった。言い換えれば、仕事をよくこなしている職場だったと思う。出産や子育てを抱えながらも、時間にメリハリをつけてよく仕事をしている職場だったと思う。そして、彼女たちは、どうして「男性たちは仕事をしないのだろう!」とよく嘆いていたし、僕も理解できた。

 現在の職場は、本当に逆である。
 びっくりするくらい、女性たちは、仕事をしない。
 子育てしている女性は、当たり前のように「しない」し、大きな顔をしている。「子育てこそが私の仕事!」と言った感じで、それで、給料をもらっている。

 その結果、僕らのような、時間の融通が利くように思われている男性の時間が奪われる。
 4月の1か月間において、睡眠や通勤時間を除いて、僕が自由使える時間は、10時間もなかったと思う。

 これは、いま僕が所属しているグルーブの男性の全てに言えることだ。たぶん、僕は、まだ配属されたばかりということもあり、配慮してもらっている。
 
 30歳代の女性たちが、「この仕事をやっておいてね」なんて平気な顔してもってきて、上司も渋々、受取っている。そして、女性達は定時で帰っていく。

 2年ほど前だったか、この状況を変えるべく、子育て中でないベテラン女性が配属になった。
 その女性は3週間で、職場に来れなくなった。そして病休を取得し、異動になった。
 男性職員は、「逃げやがったな」と不満をこぼしつつも、彼女に同情したとのことだった。組織が悪いのだと。

 当時、似たようなことが、他の所属でもあり、その女性も、病休、異動という経過をたどった。
 
 それから、また元通りになって、女性は配属されなくなったようだ。

 ただ、僕が知る限り、「男女平等」をそれとなく主張している女性が配属されたことがあった。
 その女性は、朝6時から、夜10時過ぎまで、よく働いていた。
 よく、弱音や愚痴もこぼしていた。
 そして任務を全うし、昇進して異動していった。

 男性の場合は、昇進することは、ない。絶対にない。平行異動のみだ。

 今の職場の男性達は、口々に言うのである。「サービス残業はしない。必ず手当はもらう」と。
 お金の問題ではないのである。

 「これだけ無駄なコストが発生しているだよ」ということを組織に認識させないといけないということもあるし、
 いざ、身体や精神を壊したときに、組織は異常なほど冷たいからだ。

 生き方、悩んでしまいます。



 
 


 

 

世話になった医師の不治の病をしって、自分の人生を考える

 昔、ひどい目にあったというか、今では、充分に話のタネになっている医師が不治の病で大変らしい。
 御本人のSNS類で、それを知ることができる。

 御本人が医師であるがゆえに、変化する身体を観察しつつ、重苦しさを徐々に増しながら文章を綴っている。

 彼は、もうすぐ50歳ではあるが、40歳代である。

 やり残したことは、いっぱいあるにしても、多くの夢や目標を叶えてきたように、他人の僕からは、そう見える。
 
 彼は、総じて、「自縄自縛」だったといっている。


 僕は、どうだろうか。
 今は、明らかに、「他」縄自縛である。

 生活のために仕方がないと、思っていたが、今でもそうなのか?

 「他」を「自」に変えていく勇気が求められている。

 いまを生きよう。




 

ブラックなところに勤務

 以前の仕事に実績をかわれたかどうかは知らないが、ブラックな職場に勤務することになりました。
 毎日夜11時過ぎまで、勤務。

 この体制を改めない組織が嫌になる。

 超過勤務手当は支給されるので、まだいいか?

 しかし、やっている仕事がくだらない。

 人生の意味を考え始めている。

内部告発は防げない!

 今、社会では、「森友学園への国有地売却に関する決済文書を財務省が書き換えた問題」が大きく取上げられているけど、おそらく端緒は、内部告発ではないだろうか?
 以前、勤務していた職場では、同業者で、内部告発により刑事事件になり逮捕者まで出す騒ぎになったことから、とにかく、法令順守と、人間関係の円滑化に腐心していた。
 実際、仕事をしていると、法令類が今の社会情勢に追いついておらず、結果として、触れるケースが発生することもあり、実際、遭遇した時は、有耶無耶にしようとした。
 しかし、経営者はそれを許さず、即、役所とメディアに情報提供し、結果として、メディアには取り上げられず、役所からは、顛末書と、いくらかのペナルティーだけで済んだ。個人的には、社会常識的には、制度が追い付いておらず仕方無いと思える。担当者は気の毒で、心労により数週間休まざるを得なかったようだ。
 
 だけど、結果的には、大事にならずに済んだので、よかったと思っているし、隠しとおすというか、嘘をつきとおすというか、そんな将来への負の要素が全く無くなったわけだから、これまた良かったと思っている。

 こう内部告発がよくある世の中になると、キチンキチンと仕事をしていくしかなんだけれども、物理的にどうしても無理という理不尽なことも多すぎ、綱渡り状態の仕事が多いような気がする。

 すべては、不寛容が原因なんだろうなとふと思う。

 森友問題だって、上司が厳し過ぎたのが、本当の大きな原因なんだと思う。
 そして、今、その報いを上司が受けている。

 これは、当然だと思う。


 

職場からの離任

 今の職場から離任した。
 僕の同僚は、皆、女性だった。
 僕の発言に、よく耳を傾けてくれた。そして、意見してくれた。
 できる限りの「思いの丈」を言い合い、ほとんどは、僕が妥協した。
 でも、良かったと思う。人それぞれの意見の違いを認め合いつつ、物事を進めることが出来たからだ。
 
 そんな彼女達に、甘えてばかりいる自分を自覚したとき、「早く去れねばならない」ことが分かった。
 互いのためには、ならないからだ。

 雇用条件からいって、僕が去るしかないことは、明らかだった。

 そして、お別れの日を迎えた。

 やっぱり、無視することなく、言いたいことを言い合えたからこそ、信頼感が出てきたのだと思う。

 涙をこらえるために、「悪い思い出、苦い思い出」を探すのに精一杯だった。

 こんなとき、素直に感情を出して、ワンワン、エンエン涙を流して泣ける人が羨ましかった。

 僕の勇気の無さが、こんなところに現れる。
 もう、二度と彼女らと仕事ができないのだと思うと、涙が出ます。

 ウイスキーを飲みながら独りで感慨にふけっています。


 貴重で、大きな経験をありがとうございます。
 生涯、忘れえぬ思い出になると思います!