荒々しくグチりたい!

日々感じたことをグチります。そして自戒します。

昔の同僚のブログに涙した

 以前といっても、もう、15年以上前に勤めていたところの同僚というか、担当違いの上司です。
 彼は、資格職で、給料も高く、度が過ぎて好き勝手に仕事をする人であった。

 「こんなことで不満を言う!」とも思えることを平気で言ったり、行ったりする御仁で僕も困った。

 「税務署で確定申告したら、税金が凄く高かった。お前(僕のこと)せいだ、何とかしろ!」
 みたいなことも平気で言われて困った。
 前述の時は、僕が、「お給料が高いので、納める税金も高いのです。ご理解ください」となだめたものの、税務署といろいろやりあったらしい。(当然、減額には、ならなかったようだが・・・)

 そんな、無茶苦茶な言動をする彼が、今、どうしているのかと、ふとネットで調べたら、ブログを作成していた。

 その内容が、重い病に侵され、重大な決断を迫られ、とても苦しんでいるものであった。
 罹患してから、約2年経過しているようだ。まだ、40歳代なのに。
 
 本人が持っている資格が、その病の理解と、治療については役立ってはいるが、「知らない幸せ」を奪ってしまっている。
 もっとも、今の世の中は、告知する方向にあると聞くから、当たり前のことなのかもしれないが。

 どうも、彼は、「生活の質の向上」を選ばざるを得ないと、苦渋の決断の心境を綴っている。

 そんな中でも、彼は、自分の人生を「とても恵まれた人生」と評しているし、僕も、周りとの軋轢や家庭の環境に立ち向かい、やりたいことをやってきた彼のことをそう思っている。

 「人生は、そう長くは無い。」

 この言葉が、凄く身に染みる。もう他人ごとでは、無いのだ。

 

同僚との軋轢2

一度失った信頼を取り戻すのは難しい。
ただ、仕方なかったのだと思いながらも、もっと上手くやれなかったのかと、考えこんでしまう自分がいる。

そもそも、今回のケースは、「法を守ること」を求めただけだったのだ。
煩雑だから、「分からない振り」をしようでは、10年後、20年後にもっと面倒なことになるかもしれない案件なのだ。

「失った信頼」を取り戻す価値はあるのだろうか?

逆に、あなたは、僕から「信頼を得たい」と思っているのだろうか?

できるだけ、できる限り、距離を置くべき人なんだろうな。

ふと、思った。

冷静に、そして、自分の品位を損なわないように自覚して、接したい。

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同僚との軋轢

 今日は、職場の同僚とうまく行かず、とても疲弊した。
 同僚の女性は、優秀の方でベテランなんだろうけど、仕事の理解で、疑問が付く。

 その仕事は、民法の知識が必要で、それに則っているとはいうものの、あやしい。

 ネット等で調べて分かる世間一般の捉え方と違う。
 「なぜ違うのか」と聞いても、「運用です」との答え。
 その運用の「法的根拠は?」と聞くと、知らないとのこと。

 思わず、さりげなく、丁寧に「役所に聞いて確かめたら」と聞いたら、既に照会済みとのこと。

 「ごめん、あなたの書類には同意できない」と伝えたら、険悪ムードに。

 でも、これでよかったのだと、自分を信じている。


 約10年前に、似たようなケースがあり、渋々、その書類に同意した。
 その後(つい最近)、関係する役所から、呼び出され、処分をほのめかされつつ事情調書されたことがある。マスコミにも情報提供され、嫌な思いをした。自分がやったことではなく、人がやったことで、そんな目に逢うのは、もう、こりごりだ。

 勇気を持って、自分を信じ、貫きたい。

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断る勇気が欲しい!

 ここ数年、断れなくて、後悔することが多い。
 心のどこかで、分かっているけど、断れない。
 そのうち、財産を全て無くすのではないかと思えてくる。
 下手すれば、生命も・・・。

 相手に対して、義理も無ければ、人情も無いのであれば、自分の意志を通すのは楽だ。これば当たり前だ。

 僕は、人から、ほとんど褒められたり、評価されたことは無い。
 だから、おだてられるのに非常に弱い。

 相手の表情から本当に評価してもらえていると思えは、どうしても、自分の意志をまげて、相手の希望に沿ってしまう。

 ただ、思うのだ、長期的にみると、絶対に間違っていると。

 仕事で、給料を貰うのであれば、生きるための手段と思えるが、自己の私的裁量の部分はそうはいかない。

 相手を非常に苦しめてしまうことになるか、自分の精神を歪めてしまうことになる。そう確信している。

 相手の「嬉しそうな顔」「笑顔」そして「真顔での訴え」に惑わされてはいけない。

 怪訝な表情をされ、嫌われ、馬鹿にされ、評価を下げらることを受入れる覚悟をもって、自信の意志を貫かなければいけないと強く思った。

 僕は、40歳を遥かに超えている。やりたいことを探したり、そして、それを実行する時間は限られている。

 とにかく、自分の人生、生きねば。

 二日酔いにて、繰り返し、繰り返し、思うのであった。


 
 

EXCEL2016にイライラ

勤務先から新たに支給されたパソコンのエクセルのヴァージョンはは、エクセル2016だ。
今まで使っていたのは、2010だった。

いつも、3万件超えのデータを検索したりして、仕事をしているけど、2016になってとにかく検索スピードが遅い、遅い、遅い。

CPUも変わったためかと思ったけれども、2010の頃よりも性能がUPしているCPUだった。

ということは、ソフトウェアーのEXCEL2016が原因である。

EXCEL2016については、いろいろと機能が追加されたりして、グレードアップしたつもりでいるようだけど、それを使う僕は、ついていけてない。

そもそも、EXCEL20000の頃の機能で、充分なのである。

なんか、「抱き合わせ商法」で、毎度毎度、いらないソフトを買わされているような気がする。

僕は、経営者でないから、与えられたものをただ使うだけだから、どうしようもないけど、釈然としない。

単なる愚痴でした。

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「ぐるめ茶屋」で食事(宮城県大衡村)

 先日、宮城県黒川郡大衡村にある結構有名な食事処である「ぐるめ茶屋」に行ってきた。
 週休日ともあって、お昼はとても混んでいて驚いた。

 そして感慨にふけってしまった。
 僕が、初めて「ぐるめ茶屋」にいったのは、2000年。つまり、17年前!

 それから、たぶん、少ないときで、半年に1回程度、多くて月に1回程度、通っていることになる。

 もう、常連のレベルかも。

 ここの店の特徴は、とにかく待ち時間が長い!!!
 席についてから、食事が出るまで、30分は、まだ良い方である。
 
 まぁ、40~60分は見込まないといけない。
 初めて訪れたらしい客が、苛立っているのをよく見かける。仕事の合間はおすすめしない。

 味も、普通だと思っている。ただボリュームがある。昔と比べたら、少なくなってきているけど。
 店内も綺麗とはいえない。

 だけど、一人で入りやすい店で、少し期間を開けると、「ふと、食べたくなる」「行きたくなる」

 そんな飲食店だ。

 そんなこんなで、17年間も通っていたのだ。
 この間、僕は、何をしていたのだろう? 成長したのだろうか? ただ、ただ、歳を重ねただけだったのか?
 
 待ち時間に、ふと、自問自答してしまった。

 

読売新聞の加計学園報道に関しての気味悪さ

 平成29年6月3日(土)の読売新聞朝刊で「次官時代の不適切な行動 報道すべき公共の関心事」として、なぜ、法に触れてもいない前文部科学省事務次官のプライベートの「出会い系バー」通いを悪しき事として記事にしたかを説明していたが、読んでいてすごく気分が悪くなった。
 僕が、一流の新聞と信じていて購読もしていたが、大きく裏切られた思いだ。なんか、記事の信用度が低下してしまった気がする。

 どこの記事の部分が気分を悪くさせたのだろうか

1 全体的に「法が罰しないのであれば、読売新聞社が罰してやる」と読めてしまい、思い上がっているように思えてしまう。

2 記事中に「裏付け取材を行った」とあるが、一読すると、法に触れたことの裏付けを取ったように感じるが、よく読むと、法に触れない単に「出会い系バー」に出入りしていたことの裏付けだと思われ、煙に巻くような文脈であること。

3 「前川氏は読売新聞の取材に応じなかった」旨が記事中にあるが、適切な「裏付け」をとるためには、今回の場合は、双方から取らないと成立しないのではないだろうか?また、読売新聞は、この件に関して、読者の問合せや他のメディアからの取材に適切に応じているのだろうか?テレビでは、すれ違い説明ばっかりで、充分に説明責任を果たしていないにも関わらず、前川氏が取材に応じないことをネガティブに主張するのはいかがなものか?

4 記事中にある「一般読者の感覚に照らしても」の表現については、僕みたいに、他の意見や感覚を持つものを差別しているよう思われ不愉快である。異なる意見や、感覚は尊重せず、排除するということなのだろうか?

5 「これからも政権・行政の監視という報道機関の役割を果たしていく」とあるけれど、自社の倫理を律することも必要かと。

6 感想として、昔やっていたテレビドラマの「水戸黄門」なんて、主人公が御忍びでいろいろ活躍しているが、これも「不適切」な活躍なんだろうなぁ。


以上、徒然に書いてみました。
なんか、問題が違うところに行っちゃってる気がする。