先日、日経新聞の記事で、米アマゾン社のCEOであるベゾス氏が9月までに退任すると報じられていた。
その中で、アマゾン社では、「善意は役に立たない。仕組みが解決する。」との思想があるとのこと。
経験上、なんか分かるような気がして、ネットで検索したら、「善意は、悪意より恐ろしい」(湊かなえ「ユートピア」)という言葉が出てきた。
おもわず、「そうだよ、そうだよ」と、心の中で何回つぶやいたことか!
これは、婚活にも通じることで、3回以内に真剣交際をするか否かを決めた方がよいと言われていたり、3か月で経過して結婚を決めれないのであれば、別れた方がよいと言われていることに通じる思う。
さもないと、自己承認欲求といわれているものとの葛藤で消耗することになる。
自分の本心は、明確ではないけど、ぼんやりと「NO」。でも、相手の善意や良心に応えて、自分を認めてもらいたいという気持ちもあるから「YES」。
一時的なものであれば、我慢もあるけど、我慢になれて、自分の本心とは違うことをしていると、だんだんと精神をすり減らし、何れは破綻する。
破綻したとき、一番大きな損失は、なんといっても「時間」だ。次に「お金」が来るのか?。それこを、雪だるまみたいに大きくなって破綻することだってあり得る。
相手にしてみても、「善意」や「良心」が否定されるのは、ツライし、精神的にダメージを受ける。
相手の立場に立って、理解しつつも、自身のあいまいな本心を貫くというのは、難しい。
いわゆる「いいひと」呼ばれている人達は、「自身のあいまいな本心を貫けない」人が多いような気がする。
そして、ことの重大さに気づいて助けを求めるも、手遅れになり、結果、周りの方々に迷惑をかける。最悪の場合、死に至ることだってあり得る。
なんだろう、本当は、自分を一番大切にして行動できて、それでいて、相手や周りに迷惑をかけない人が一番なんだろうけど、僕には、とても無理だ。
ふと思うにこれは、「嫌われる勇気」なんだろうなと。
とにかく、勇気をもって、ぼんやりとした「本心」ではあるけれど、主張して生きていく必要があると強く感じます。